海外逃亡してしまいました

保証かぶれや経営する会社の経営不振。これでもかこれでもかと降りかかる災難の中、自殺まで考えたがフィリピン移住に活路をみつけ第二の人生に邁進中。海外逃亡のいきさつからフィリピン移住の参考にまでささやかなお役に立てますように・・

2015年03月

なぜか意外なくらい台湾ラーメンへのアクセスが多いので少し補足を・・

場所はモールオブエイシャ(MOA)にほど近い マカパガルアベニュー。
Hobbies of Asia というレストランなどが集まったところ、ダンパの並びマニラ湾側。

店の名前は忘れたけれど、牛の顔のイラストが目印。
Taiwan noodle と書かれてあったと思う。

このすぐ近くに以前は元気ラーメンという日本のとんこつラーメン屋があったけれど今は閉店してしまっている。

台湾ラーメンは1杯200ペソくらいだったと思う。

お試しあれ。 

地図は表示されるのかな?
 https://www.google.com.ph/maps/@14.5468859,120.9875323,17z?hl=ja

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ホントかどうか確かじゃないけれど、名古屋名物台湾ラーメンアメリカンというわけのわからないインスタントラーメンがあるのだとか。

前に一年ほど名古屋に住んでいたことがあり、そこで初めて台湾ラーメンというものを知って食べさせてもらった。

辛いのが好きな私には結構おいしく食べられた覚えがある。

マニラにも結構な数の台湾人がいると見えて、台湾料理や食材のお店もあちこちに見かける。

前にかかわりがあった大学の歯学部にも台湾人の生徒が複数いて、聞けば、フィリピンの大学を卒業すれば台湾で国家試験を受けられるのだとか。

大学は安く上げて国に帰ってから免許を取るということができるらしく、ほかにもサウジやパキスタンなどの生徒も数名いたっけ。

日本は残念ながらこれが通用しないので、医師、歯科医師、技工士もそうだけれど、日本の大学を出ないといけないらしい。

しばらく前にできた台湾ラーメン屋さんも名古屋を懐かしんで食べてみたらなかなかおいしかった。

名古屋で食べたもののほうがおいしかったような気がするけれど、たぶんマニラのやつのほうが本場のものに近いのではないかと思う。台湾に行ったことないので確証はない。

日本だとやはり日本人向けに創意工夫されることが多いのでたぶんオリジナルからは少し遠いのではないか。

その台湾ラーメン屋さんのすぐ隣に、日本のラーメン屋さんも先に開店していたのだけれど、こちらは最近閉店してしまった。

内情は知らないけれど、オープン当初はとんこつラーメンなつかしさもあってよく家族で行ったのだけれど、いつのころからか何となく味が変わってきてから自然と足が遠のいてしまった。

たぶん現地に日本人の管理者がいてチェックしてなかったのじゃないかと思うのだけれど・・・
このコースで閉店する日本食レストランをすでに何軒も見てきている。

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こちらはまた別の台湾レストラン。
なかなかおしゃれなつくりになっていて、客はほとんど台湾人だったと思う。

こちらは結構前からあるレストランなのだけれど、やはり日本人は味に敏感なんかな?
ちょっと気を抜くとお客さんはいかなくなるみたいね。


 

フィリピンと日本の習慣の違いはたくさんあるけれども、その中のひとつ誕生日について。

日本だと誕生日の人はプレゼントをもらったり、どちらかといわなくてももてなされる側なのだけれど、フィリピンの場合は誕生日の人が周りの人をもてなす習慣がある。

職場のスタッフにだいたいはパンシットという焼きそばのようなものを振舞うのがよく見られる。
これはちょっと半透明のコメからできた麺なのかな、それだけの違いでパッと見は日本の焼きそばによく似ている。

ソース味ではなくあんかけっぽい味付けなのだが、たぶん日本でもそばが長寿のシンボルだったりするようなことと同じ意味合いなのだと思う。

電話注文すると丸い竹のざるみたいなものに山盛り配達されてきて、それをみんなで分け合って食べるのだが、親しい仲間内だけというものでもなく、職場全体とかでふるまったりしているので、金銭的にも大変なのではないかと思う。

実際給料の安い子たちは自分の誕生日をなるべく言わないようにしてるし、周りもそれをわかってわざとほじくりだして冷やかしたりする。

職場でのポジション、簡単に言うとお金持ち度合でもてなしの内容も変わってくるので、ある程度高いポジションにいる人はケータリングで出張ブッフェみたいなもてなしをすることもある。

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写真は今週誕生日だった職場の子のおもてなし。
例のパンシットのほかにこちらでは祝い事によく出てくる豚の丸焼き。
この日は兜焼きというのか頭の部分を半分にしたものが2つ配達されてきた。
右側と左側で写真のものは右側になる。

ちょうど豚が向かって右方向を見ていることになるのだが、実物はちゃんと牙も見えている。

我々の食料はほとんど生命を頂戴しているものなのだが、やはりあまりこういうのはできれば見たくない。
特にこの豚の丸焼きの脂身の部分が苦手なので、嬉々としてそのこってりと脂身のついた部分をはがして皿にとっていくのを見ているとちと食欲がなくなる。

きれいごとなんかね・・・・

最近は歳のせいかすっかりベジタリアンだしね。
 

クレジットカードの申込書を書くにあたって、あとから思い起こせば、引き落とし口座を書く欄がなかったなあと思い出した。

見落としはしてないはずだったけど、と思いながらも待つこと数日。

カード会社から電話がかかってきて、本人確認と幾つかの確認事項があった。

でも相変わらず引き落とし口座の話は出ないし、と思いながらさらに待つこと数日。

メールと携帯電話宛テキストでカードが近日配達される予定であるとメッセージが届いた。

届いたカード付属の案内を見ると、支払い方法がいくつか書かれてあり、基本的に請求書が届いたらオンラインバンキングかモールなどの中にある公共料金などを支払う専用の窓口で払うのだと。

なんだかんだで10年ぶりにまたクレジットカードというものを手に入れたのだが、やはり以前のことを思い出すもので、緊急時にのみ使うということにして、キャビネットの奥深くにしまっておくことにした。

そうは言いながら、アマゾンに注文があるときに、やはり今までの現金のやり取りが面倒で、カード払いにしてしまった。

いつもなら知り合いにペソで持っていって日本の口座に振り込んでもらうため、いわば現金払いと同じなのだが、カードの場合支払いがあとになる。

支払う分の現金は取り分けておこうと思いながら、気がつけばその分もいつの間にか使ってしまっている。

請求書が届いた時には取り分けていた分はほぼなくなっているし、やはり自分の性格というかだらしなさを呪うべきか・・・

今回は額も大きくなかったため給料が入った時点で全額支払いをしてきたけれど、請求書にも日本と違うシステムが見えた。

請求額の下に最低支払額という焼く10分の1くらいの金額が記されており、きけば支払い期限までにその額以上払えばとりあえずいいのだと・・・

この辺もまた自分にとってはなんか悪意のある罠に感じられるのは被害妄想か・・

やはりある時払い、みたいな感覚で借金はするべきじゃないというのは身にしみてるしね。

とりあえず、少しはお金も貯める努力をしないと、緊急時にいつも慌てふためくのがうんざりなので、普段の銀行口座と別に貯蓄用の口座を作ろうと銀行に訊ねたのだが、あまりその手の商品は多くないらしい。おまけに日本人ということで支店長の決断を待たなければいけない、と言われ必要書類をすべて用意していったにも関わらず、口座は開けないまま。

大部分のフィリピン人の国民性として貯蓄という感覚は少ないようだし、我が身同様カツカツの生活を送っていればそんな気は回らないのかもしれない。

そんなことで日本のような積立とか定期預金みたいな銀行の商品は少ないのだろう。

今のところ慎重にカードも扱っているけれど、以前と同じ轍は踏まないようにしないと。

あの悪夢はもう懲り懲り・・・・

ブログにこられる人のアクセス解析というのがあって、どんな検索ワードでこられたかというのも棒グラフで出てきたりする。

一位は「フィリピン」というキーワードだけれど、2位と3位が「海外逃亡」「借金国外逃亡」で、この二つをあわせると「フィリピン」を軽く超えてしまう。

同じような意味なのでダントツでやはり「海外逃亡」関連でこのブログにこられている人が多いということになろうか。

10年前の借金の重圧で眠れない日々をすごした自分を思い出す。

「海外逃亡」とウェブで検索するといろいろな見解のサイトを見ることが出来る。
借金から逃れられないといってるところもあるし、中にはパスポートが取れないとか、日本に帰国することが出来ないと書いているところもある。

あおるわけではないけれど、自分のその後の状況を書いておこう。
逃亡することはいいことではないけれど、自殺や最悪、犯罪に走って誰かを殺すよりはまだましかもしれない、といえば都合のいい言い訳といわれるかもしれない。

ほかのサイトを見て疑問に思われていることなんかを少し・・・

パスポートに関しては今でも自分のパスポートを持っているし、途中で更新期限が来て更新し、新しいパスポートも発行してもらっている。

日本には何度か短期で帰国しているが、入国、出国とも別に普通に済んでいる。

いまだ返せていない借金も残っているのだが、拙著「海外逃亡してしまいました」の「弁護士のささやき」のところに書いたように、変なところから借りていないということと、やはり金額がそれぞれでは巨額ではないということが関係しているのだろうけれど、結局弁護士のいったとおりになっている。

もちろんいまだ後ろめたさはあり、時々夢に見ることもある。
友人や家族への不義理もいつか果たさないと、と思いながらもやはり収入の違いが大きく、困窮邦人にならないように生きていくだけで結構必死かもしれない。

特に外国にいる今は回りにはいよいよ頼ることも出来ないので、まさに背水の陣といったところか。

外国での生活はというと、やはり技術職であったのが幸いしたのかもしれない。
現地で生活をまかなえるだけの収入を稼ぎ出すすべが無ければ、いよいよどうしようもなくなったことだろう。

技術があっても現地の技術者と同レベルでは、収入もそこまでどまりになるだろうし、やはり周りに比してそれよりもレベルが高かったのだろう、いつの間にか管理職側になってしまっている。

以前マニラで知り合った日本人の駐在の方がいて、仕事の話になったことがある。
フィリピンにある日本企業に勤務しているらしいのだが、もともとフィリピンには来たくなかったのだとか。

ピーナを追っかけてくるおっさんからするとうらやましい限りかもしれないけれど、その人曰く
「出向する条件として月に一回は日本に帰ることを条件にしたんですよ」とおっしゃる。
もちろん費用は会社持ちでますますうらやましい限り。

「現地採用はしていませんか?」と冗談半分結構マジで聞いてみたところ、「現地採用の場合はうちははじめは40くらいしか出ませんよ」と、会話の前後からして歳の話じゃないので、40万円給料もらえるんだったらかなりいいじゃん、と心が揺らいだ。

その時は自分の仕事を放りだしてそちらに走れない義理もあったので、話はそのままで終わったのだけれど、後からよくよく考えるに、40というのは40万円ではなくこちらではフォーティーサウザンド、4万ペソのことだったと後で気づいた。

円に換算して10万ちょっとか・・・そんなもんなんだなあ

やはり一般職では生活していくだけでいっぱいいっぱいみたいね。

フィリピンに逃亡してこられる方は何かしらの収入を得られる見込みを付けてからでないとやはり困窮邦人まっしぐらじゃシャレにならんし、日本と違って頼れる人が誰もいないという背水の陣はなかなか不安に押しつぶされそうになる。

海外逃亡するくらいだと日本国内でも頼れるところはないのだろうけれど、やはり気分的に国内と国外では大いに違うと思う。言葉の違いも大きいしね・・・


 

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