海外逃亡してしまいました

保証かぶれや経営する会社の経営不振。これでもかこれでもかと降りかかる災難の中、自殺まで考えたがフィリピン移住に活路をみつけ第二の人生に邁進中。海外逃亡のいきさつからフィリピン移住の参考にまでささやかなお役に立てますように・・

2014年09月

仕事の用事で今週から東京行き。

その前に終わらせないといけないことやら、準備やらでいつにもましてめまぐるしく時間が過ぎていく。

昨日は早く家に帰って例の新しい仕事の準備をやらないといけなかったのだが、しかも腹が減りすぎて家に着くなりバクバクとご飯をかきこむ。それでも足りずバナナを3本食べたところへ友人からの電話。

中国系フィリピン人のビジネスオーナーである彼は、こちらで一番古い友達。
公私にわたって秘密も共有する仲なのだが、彼も最近新しいことをやり始めたものでいろいろと張り切っている。

「今日本人といるんだけど、ちょっと話してみて」といつものごとく受話器をその日本人に渡している様子。
いつもこうやって意表をついて楽しむのが彼のスタイルで、電話越しに日本語で懐かしい響きが聞こえてくる。
「お世話になっております・・・」というあれ、あったことないのでお世話したことはないのだけれどとはあえて突っ込まない。

「今から例のレストランにみんなで行くから時間あったら来て」とのお誘いにのこのこ出て行った。

新しくその友人のところで販売を扱うことになった、日本のメーカーからという海外担当の若い日本人と、50過ぎくらいの日本人の紳士、それに例の友人とその奥さんという顔ぶれでの会食。

50過ぎの紳士はその後自宅に帰ってからいただいた名刺を見ると代表取締役副社長とか。
日本ではほとんどの人がその会社名を聞いたことがあるというような有名な会社の副社長。

これもフィリピンならではかもね。

名刺交換はしたのだけれど、何せ私は立派な老眼なので肩書きの小さな文字までは読めなかった。

そんな偉い人とは知らず、久しぶりの日本人と日本語で会話できるというので結構調子こいていろんな話題を話してきたっけ。

話題はどうしても元気の無い近頃の日本とフィリピンの活気、ということになりがちなんだけどね。
最近はいろいろといわゆるビジネスチャンスというものが舞い込んでくるようになった。

今はやはりフィリピンが面白い。

やはりどっかで明るい話題にならないとね。

たまにはいいこと の第2弾

やはりフィリピンといえば白砂のビーチのイメージがあるのでは・・
かくいうわたしもこちらに来る前は、フィリピンといえばどこに行っても白砂のきれいなビーチがあるものと思っていた。

マニラ近郊には無く、ある程度車で走らないとフィリピンらしいビーチに行くことはできない。
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フィリピンでも定番のビーチといえばボラカイ。
世界的にも人気のビーチだそうで、名前には聞き及んでいたが、仕事まみれの私には結局そういうリゾート地は長く無縁のものだった。

そういう事情もあって家族には時々責められてたっけね。
「好きでフィリピンまでついてきてるわけじゃないのに、その上どこにも連れて行ってくれない」だと

写真は去年会社の慰安旅行みたいなもので行ったときの初ボラカイビーチ。
ボスの好意で息子も参加させてもらった。

こんなビーチが長く続いて、陸には平行してリゾートホテルが立ち並んでいる。
制限があるのか4階より高い建物は見られなかったし、そのこともあってビーチの長さに反してこじんまりした印象だった。

ホテルなんかに混じってスターバックスもあり、波打ち際に世界で一番近いスターバックスとか。
確かに床は砂でじゃりじゃりで店員さんがいつもほうきで掃いていた。

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マニラから行くには国内線で小さな空港に着いた後、さらにバスでしばらく揺られ、最後はバンカボートで島に渡る。
このときは雨季でもありオフシーズンでもあるのだが、水も温かで日差しが強くなかっただけすごしやすかった。

いつもはさめた口をきく息子もまた来たいねといってたっけ。

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これが帰りのバンカボート。
ボートの下にウニがたくさんいるのが気になったのはやはり海育ちのさがか・・


ぜんそくについてお問い合わせが多いようなので、補足いたします。
海外にいらっしゃる方からの問い合わせが多く、しかもお子様のことだと余計大変だろうと推察します。


私は5歳くらいの頃から喘息だったらしく、長く苦しまされました。
「明日の朝まで持たないだろう」と医者に言われたことや、信じる信じないはさておきいわゆる三途の川をわたりかけた経験もあります。

拙著「海外逃亡してしまいました」にも書きましたが、日本にいた当時借金で首が回らなくなっていた頃、どういうわけか長年苦しめられた喘息が出なくなり、その代わりにひどい口内炎に悩まされ、一時期は液体を飲み込むのさえ苦労するような時期がありました。

日本の春先の花粉症はなかったのですが、その代わり秋口に花粉症の症状が激しく出て、アレルギー反応として同類の喘息もその時期になるとひどかったものです。

フィリピンは四季がないので移住すると花粉症がなくなるとか言われるのですが、フィリピンでも微妙に季節の変化があり、植物を見ていると時期によってやはり微妙に移り変わりがあります。

こちらでも日本の秋に当たるのか9月頃一時期アレルギー反応が出ます。

寝ているときに目がかゆくなってかきむしっているらしく、朝起きると白目のほうが充血して腫れ上がってしまいます。そんな日は一日 目に不快感があり、決まって喘息というほど呼吸困難ではありませんが、息苦しさがこれもずっと続く時期があります。

病院にいくほどのことでもないのですが、かといって放っておくとだんだんと息苦しさが本格的な喘息の発作になりそうな予感があります。

以前日本にいたときはユニフィルという飲み薬を処方してもらっていました。
24時間効果が持続するとかで、夜寝る前に毎晩飲んでいましたが、フィリピンに来てその薬が手に入らなくなり、当初は手持ちの薬がなくなったらどうしようと不安に駆られたものです。

知り合いのお医者さんに聞いたら手に入るよ、といわれ100錠入りのボトルでもらったことがありますが、その後このお医者さんとも疎遠になってしまって、薬局で薬の名前を言ってもそんなものは無いといわれ続けました。

持病を持つ人にしてみればこれはやはり不安ですし、海外移住を考える大きな障害になり得るのは十分理解できます。

前に「フィリピンの病院事情 喘息編」で書きましたが、日本からの手持ちの薬が無くなってとうとう病院のお世話になってしまいましたが、そのときに処方された薬にシンビコートというのがありました。

多分普通には処方箋が無いと買えない種類の薬なのだと思いますが、こちらの薬局では薬名さえ言えば買えてしまいます。

この薬は吸入するハンディなもので、発作止めとか気管支拡張というよりアレルギー反応を抑える薬のようです。

医者に聞いたところでは、ステロイドに当たるのだけれど気管支に直接効くように吸入するタイプで、吸入後うがいして余分な薬剤を流してくれれば、必要最小限の摂取量で済むので、かえって薬害は少ないのだとか。

私自身も長年ステロイドを使ってきて、副作用に悩まされ、使用をやめるときにもまたさらに苦労した経験があるため、ステロイドという響きに抵抗があるのですが、調子が悪いときに使うことで今ではほとんど発作も起こさずうまくコントロールできていると思います。

ここで無責任に私が薬なんかを薦めるわけにはいきませんので、必要に応じて現地の医者なり、日本の医者にアドバイスをもらってください。

とかく海外で病気すると保険が無いだけにすごく高くつくといわれ、これもひとつの壁になっている方もいると思います。

私の場合は会社で入っている民間の保険もあるのですが、持病の喘息に関しては例の薬を薬局で買うだけでコントロールできているので、薬代だけで済んでます。

シンビコートが薬局で800ペソ(2千円ほど)くらいです。これで100回吸入ができますが、貧乏性なのでカウンターが100回すぎてもそのまま使っています。
結構100回過ぎても薬効は感じられています。

あくまでもご参考までに・・・



ここ3週間ほど休みなしで働いている。

例の日本で販売を開始する製品の試作品、サンプルのバックオーダーがかなりの数あって、しかもサンプルをコンベンションで展示するということで納期が限られていた。

いずれはこちらの人に製作してもらうシステムを作っているのだが、現在のところはまだ十分な場所が確保できていないのと、製作方法はまだ教えていないので結局今のところ自分で作るしかないのである。

通常の技工所での勤務が終わって自宅に帰った後、夜討ち朝駆けでつくり、土曜日曜も結局これに追われてなんだかんだで3週間。

とどめは昨日セミナーがあって、しかもこのスピーカーは私であった。
歯医者向けのセミナーでパワーポイントのプレゼンテーションも作らないといけないのだが、結局サンプルつくりに追われてパワーポイントは当日の朝に早起きして作った。

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なかなか一般の人はこれだけの歯型を見る機会はないと思うのだが、セミナーのなかで実習に使った歯型。
あまりリアルなものじゃないけどね。

なんだかんだで無事終わったのだが、しかし、日本だと歯科医師が歯科技工士のセミナーに参加するというのはほとんど考えられないんじゃないかな。

技工士はあくまでも格下に見られているからね。しょうがないけど・・・・

でもここフィリピンじゃそれが起こる不思議。
しかも平日に一日つぶしてセミナーに参加できる歯科医師も不思議だけど、これもまたフィリピンならでは・・

さすがに昨日の時点で体力気力はちょっと限界に近かった。
今週の残りはゆるーくいこう。

まだ例のサンプルは半分ぐらい残っているんだけれど、今月末が締め切りなんでとりあえずペースダウン。

私が生まれ育ったところは日本の西のはて、海に囲まれた環境だった。

海までは歩いてすぐのところで、海産物にはめぐまれていた。
親父が魚好きで食卓に毎日のぼる魚が子供の頃はうんざりだったのだが、今にして思うと収穫してすぐの烏賊やサザエあわびなど、刺身になったものをしょうゆに漬けると染みて動くくらい新鮮だった。

何でも当たり前になってしまうとありがたみが分からないものだが、私の場合はそういう環境で生まれ育ったものだから、大きくなって都会に住むようになってようやくそのありがたさが分かるという次第。

ここフィリピンでも周りを海に囲まれているとはいえ、マニラに住むとマニラ湾は岸から見える範囲は十分汚いし、そこへ流れ込む川もほとんどどぶ川のようなものが多い。

自宅はマニラ湾の近くにあるのだが、散歩でたまに海沿いのところを歩くと潮によってはどぶのにおいがする。
そんなところでもつりを楽しむ人が多くいて、楽しむというより多分釣った魚はやはり売るのだろう。

そういうのを見るとやはり信用できないところで海産物は食べたくない気がする。
まあ、いいだせばきりがないのだけれど生ものにあたって食中毒というのもいやなので、これも自衛のひとつと考えている。

フィリピンでは日本のようにナマで刺身を食べる習慣があまりないので、マニラにいるとそういった料理はやはり日本食レストランに行かないと見かけない。

そういう環境だけれども一度冒険してうに寿司を食べてみてびっくり、子供の頃に海で採ってそのまま岩場で割り、海水で洗って食べたあのうにの味がするのだ。

日本でもうに寿司が好きでごくたまにすし屋にでも行く機会があると、うに寿司は最後までとっておいて食べるほどすきなのだが、あの子供の頃に食べた濃厚なうにの味にはほとんど出会ったことがない。

それがフィリピンでは安く食べられるのだ。
一度食べてみて腹も壊さなければ、そこからはうには食べても大丈夫リストに加えて、安いこともあいまって時々外食でメニューに見かけると頼むようになった。

そんなマニラだが、もうひとつの私の好物生牡蠣はほとんど見かけない。

牡蠣がメニューにあってもほとんどがいわゆる西洋料理的にチーズなんか余計なものを載せられて焼かれているのである。

そういう料理もいいのだが、やはり牡蠣本来の味はナマに限ると思っている。

最後に食べたのはもういつのことだか覚えていないくらいで、マーケットなんかに行くと殻付で売ってある牡蠣を食べたい衝動に駆られつつもやはり手が出せないままだった。

先日仕事の打ち合わせでこちらでは大きな総合病院に行ったときのこと。

ここはまだ新しくかなり大きな病院で建物の一階にはスターバックスやレストランなどが入っていて、どこかのショッピングモールかホテルと錯覚するような病院だ。

ここのレストランでディナーもかねてのミーティングだったのだが、メニューを見ると生牡蠣が写真付で出ている。

万が一食あたりしてもここは病院だし・・・・

一緒にいたその他の人たちがライスに鶏のから揚げとかついたメニューを頼む中、氷を真ん中に盛り上げてその周りにぐるっと8個の生牡蠣が囲んだ写真に我慢できず注文してしまった。

出てきた牡蠣は日本の冬に採れるあのプリッとした牡蠣ではなく、身がやせていた。
色もなんとなく新鮮ではなさそうに見えたけれど・・・・

万が一あたってもここは病院だし・・・・

皿にライムと一緒についてきたソースを味見すると、ピリッと辛いケチャップだった。

やはりここはポン酢にしょうゆといきたいところである。

ポン酢は期待できないしついてきたライムでがまんしよう、しょうゆだけウエイターに頼む。

やはり寒いときに日本で食べる牡蠣にはかなわないけれど、結局病院のお世話になることもなく帰ってきた。

やはり食べ物は日本が何でもうまいね。

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写真はこちらではダンパというところ。
マーケットの横にレストランが何軒もあって、マーケットで買った食材をこちらの指定で料理して出してくれる。

たとえば車えびを1キロ買って、半分はゆでて半分は塩焼きにとかできる。

食材も海産物が主だが野菜や果物も売ってあって、良い食材を選んで買えれば結構楽しめる場所。

値段も交渉できるし、外からのお客さんを連れて行くと結構喜ばれる。


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